アクタクチコミ隊取材記事の第1回目は、アクタ立ち上げに尽力を尽くされた振興会の会長、古塚さんへのインタビューです。
古塚さんは、アクタ西館2階のペット雑貨のお店「ふるふる」の経営をすべて息子さんに任せて、今は振興会の会長として頑張っておられます。
その古塚さんに震災前の話、震災後からアクタ立ち上げまでの話、今後のアクタへ期待することなど、ざっくばらんに語っていただきました。
「アクティブにアクションを起こしていく」、その思いの結晶がアクタ!
震災の後は、僕だけでなく各お店の人みんな苦労したと思います。どうやって自分の店を再建していくのか。もう一度立派な自分の店をなんとか再建していこうということで集まってやった、それがアクタだと思います。アクティブに、再開発ではなく活動的にもう一度盛り上げようとしたんです。アクションともいうし、アクティブともいうし、そういういろんな気持ちが含まれた「アクタ」という名前です。
 1つの商店街と2つの市場、それと地域の各個店が集まり、足らない業種を外部から来ていただいて、その中にコープさんにも入っていただきました。

西北周辺は昔から活気あふれる街だった
この辺は昔からにぎやかでしたね。ダイエー、コープ、ニチイがあって、その真ん中に市場や商店街があり、駅前で立地もよかったんです。歴史も古いですよ。僕が生まれる前からでしたからね。市場としては北口市場が一番古く、その次が戦後に新北口市場。北側には北口本通り商店街、西北商店街と商店街が2つあり、南側には球場前商店街があったんです。それからもう1つ市場もありました。
昔は、高級品を品揃えしている店もあったし、下町の味もあったし、上から下までいろんなお店がここにはあったんです。特に八百屋さんなんかは新鮮なものを売っていましたね。西宮北口の市場・商店街では野菜がものすごく売れていたんです。蒲鉾屋さんは自分のところで作っていましたから、その横を通ったらいいニオイがしてたんですよ。それが下町のニオイであり味であり、それでできたものは手作りの高級品であったわけです。かき氷屋さんの前を通ったらイチゴかけたりレモンかけたりして、ああ・・・いいニオイというように、みんなそういう庶民的な味があったんですよ。ここアクタには残念ですが、そういうニオイがなくなりましたね。

西宮北口は、阪神間の真ん中で日本国中の言葉が混じり合う街
西宮は大阪・神戸・京都と、とても便利なところなので、企業の社宅が多いんです。
以前は田園都市だったんだけど、便利だから社宅が増え人口が増え、そして文教都市に。それからだんだん大きくなり商業分野も入ってきた。住宅あり、高級住宅あり、市場・商店街あり、そしてショッピングセンターが栄えていく、そういう街だと思うんです。
ある意味でものすごくごちゃごちゃになっていてむずかしいんですよ。言葉をとっても、江戸っ子、北海道の言葉、九州の言葉とこの街はチャンポンです。西宮北口に行けば日本国中の言葉が混じっているんです。
 
「ポンテリカ」から「アクタ」へ、あっという間の10年間!
震災後の仮店舖「ポンテリカ」は、阪急の所有地で営業を再開しました。阪急さんにお願いしてそこを借りたんです。東西に長細い長屋形式の仮店舖で、阪急のホームからも行けるようになっていたんです。結構ユニークなお店もありました。新規のお店もだいぶあの時入りましたからね。旧の方の中にはそれを機に商売をやめた方とか、違う場所に移られた方もいらっしゃいました。
このアクタのビルができて帰ってこられた方もおられます。 震災がなかったら今でも商売続けておられたかもしれないですね。
僕にはこの10年があっという間でしたね。なんかわからんうちに10年過ぎてしまったという感じです。その間には、各お店も我慢されたし、事務局の人もみんな一生懸命やっていただいた。だからあっという間に過ぎたんじゃないですか。アクタを作るのに大変でしたからね。10人10色、100人100色ですよ。2つの市場と商店街の役員さんがみんな集まって喧喧ごうごうでしたからね。みんながいろんな意見を出し合いながら、その結果が今のアクタだと思います。

歴史・伝統の上に、時代に合った新しい顔のアクタを!
(芸術文化センター、大型商業施設の建設予定などを踏まえて)

北東地区だけでなくて東西南北がみんな集まって西宮の核になれば一番いいと思います。そこにいろんな店が集まって、お客さんも西宮の北口に行けば何でも揃っているという、そういう街になっていけばいいと思います。ただ、競争は激しいですけどね。そこは昔からやっている商売人ですから、商売人魂は出でくると思いますよ。
阪急西宮北口駅は上から見ると、踏み切りのレールが十字に光っているでしょ!だからダイヤモンドヘッドというんです。今津線が分断されてしまったけれど、なんとか高架になりました。アクタへは駅から直接傘もささずに行ける距離で、「駅から1分」です。
ここまでできあがったのはお客さんのおかげだと思います。可愛がっていただける地元密着型の店舗をこれからも作っていきたいと思っています。それにはやはり各お店も頑張らないといけない。各お店がもっともっと個性を出していって欲しいと思っています。
以前は西宮北口に行けばおいしいものがたくさんあるというのが伝統になっていたんです。各お店もそういう昔のことを考えながら、そして新しく出店される方が西宮北口で商売できたらいいなと思えるイメージを作っていければと思いますよね。昔の歴史を踏まえながら新しくなっていく、下町の商店街とは違うものを作っていきたい。そこは本当にアクションです。活動を起こしていく。そのアクションが1つの輪になっていく。昔の雰囲気を持ちながら新しいショッピングセンターに衣替えして徐々に進んでいくということです。歴史だけは絶対に崩したくない。新しい顔に移り変わりながらアクタ西宮が続いて欲しいです。

昔はゴルフと酒、今はクイズで無になる!
今はゴルフには行ってません。身体を壊したからやめたんです。ゴルフは趣味で、それが生き抜きやったんです。1日商売のこと忘れて気分転換して頭を真っ白にする。それで朝になったら新しい発想が出てくるんです。また、仕事抜きにした人とのつきあいの中でいろんなものをもらって帰ってくる、それがゴルフでした。ゴルフでも何でもいいんですが、いろんな人とのつきあいで知恵をいただく、人との付き合いは商売の上でいいと思います。
今は退屈ですよね。だから雑誌を買ってきてゲームとかクイズをやっています。頭を使わないとダメだと思ってね。雑誌のクロスワードとかね。新聞読んでいたら今の情報だけでしょ。クイズは情報はないけど頭の回転をよくする。毎日1時間位やっていますよ。結局無になるんです。ほんまに無になって何もかも忘れてしまいます。1時間だけね。
昔はエネルギーの元が酒やったんですけどね。大好きだったんですよ。今は飲めないですね。飲みたいなと思ってコップ1杯飲んでも、いらんわと思うんです。それで寂しいとは思いません。やはり年と共にいろんなものが変わっていくということです。ものも、嗜好品もかわっていくのと同じで、僕らも変わっていくんだから、若い人が出てきてまた新しいものを作っていって欲しいなと思う。
 今アクタに関しては一切無にしています。今は発展途上の段階ですが、今の若い人がどうやってやっていくのかなと、横で口出しをせずに見ています。今は若い人にお任せしています。できるでしょ。それが時代の移り変わりというものだと思います。年寄りは口に出さず・・・です。きっとやってくれると信じています。

【取材者からひとこと】
古塚会長は背が高くひょうひょうとした感じの印象を受けました。終始とてもやさしい口調で語ってくださいましたが、そのやさしい口調の奥に秘められたまだ冷めてはいない情熱を感じました。いつも人より一歩先を、アクタの未来を見つめていらっしゃるように思えました。今はアクタに関しては一切無、若い人に任せているとおっしゃっていましたが、全エネルギーをアクタに使い切り、今は頭を無にして新しいエネルギーを貯えていらっしゃるところなのかもしれません。
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